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親鳥とヒナの関係と読書。

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もう随分前の話です。私は大学に入ったばかりでした。

選択教科の中から何を選ぶか自分で考えていたのですが、私は投げやりと言っていいほど適当に選んでいました。

ある日何かの講義の時間に、となりに座っていた同じ科の同級生の女子が言いました。

「私、文章表現の講義を受けることにしたよ」と。

私たちの専門は美術でした。

単純な私は、どうしてまた「文章表現」の講義をわざわざ受けるのだろうと思ったものです。

でも、今思えば、彼女には「表わしたいこと」がたくさんあったのではないでしょうか。

絵では表わせないもの、彫刻でも表わせないこと、そのような何かを文章で表す表現力をつけたいと思っていたのではないでしょうか。

彼女から私はたくさんの本を借りました。

それらは全部既に彼女が読んだものでした。

ヘッセの「デミアン」、ジッドの「狭き門」など。

どれも私に大きなものを差し出してくれた本です。

ある日7才も年上だった同じ科の上級生Yさんが、学食のコーヒーを飲んでいる時に言いました。

「本とそれを読む人の関係は、親鳥が卵から出ようとするヒナのために少しだけくちばしで卵の殻をつついて小さな穴をあけてあげる。そこからあとは、ヒナは自力で出て来る。そのような関係に似ていると言った人がいたよ」と。

その言葉はとても印象に残りました。

自分を解き放とうとするとすれば、より先にそれを経験したものに触れるということにも通ずるとも思えたのです。

知識の獲得の努力も大切でしょうが、知識ではない「生き方」や「世界観」を本を読む、物語を読むことで疑似体験することはとても大きな意味があるような気がします。

書く人が本人にとって切実な問題と格闘しながら書く、書くことで自らを解き放つ、そのようなことには普遍性があると思うのです。

時代を超えて読み継がれている本には「よりよく生きる」ためのキーが潜んでいるのかもしれません。

この頃、もっと本を読んでおけばよかった、そう思うことがたびたびあります。

どうしてだろうと思うのです。たぶん「感性がにぶって来たんじゃないだろうか」という思いに駆られるからだと思います。

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